お陰様でサイトをたち上げて14年になりました。(2002より)
 
 
谷口先生の作品と出会ったのは、25年ぐらい前、とあるマンガ喫茶のマスターから教わったのがはじめだった。
読むと、すぐ、作品にほれこんでしまった
 
 
サイトを立ち上げるきっかけとなったのは、「神々の山嶺」の連載中であった、この作品がすきでこれを、応援しようと思ったのだ。
 
 
谷口先生の本を、集めるのはそれほど困難ではなかった。
ネットオークションで、集めた。
 
難しかったのは、単行本のマンガの掲載誌を調べることだった。
不定期連載などがあり、困難を極めた。
 
 
ちょうど、その頃 フランスの Castrman社をはじめとした出版社が日本のマンガを翻訳されはじめたころだった。
(アニメが先だったようですが)
谷口先生の本も翻訳された。
 
 
すると、ヨーロッパ、特に、フランスで、作品が、評判になった。これは、フランスのサイトへアクセスすれば、すぐ、わかった。
 
そして、これを証明したのは、ヨーロッパ最大の 2003年アングレーム国際漫画(BD)祭で、
 
「遥かな町へ」が、「シナリオ賞」を、受賞されたときであった。
絵ではなく、シナリオが、評価されたところに、フランスらしさを感じた。
絵の上手い人は、たくさん、いるのだ。
 
 
ちょうどその時、(直前)発売された、フランスの雑誌
「Calliope Hors series」という、雑誌がでた。
谷口先生の作品を、特集していた。
 
谷口先生のインタビューも掲載されいていた。
それを、知人に頼み、フランスから取り寄せた。
 
 
すると、わたしの、ホームページのことがでていて、
谷口先生が、わたしの、ホームページを、褒めてくださった上、
そのインタビューは、わたしの、ホームページに、沿っておこなわれていた。
 
わたしはとてもうれしかった。
 
 
2005年「神々の山嶺」がアングレーム国際漫画(BD)祭で、ノミネートされたときは、
これは、絶対何か、賞をとるとわたしは、確信していたので、
アングレーム国際漫画(BD)祭のサイトで、「作画賞」受賞を確認したときは、
さすがに嬉しかった。
朝の5時頃だったと思う。この話題を、報道したのはわたしが日本では一番早かったと確信している。
 
 
その後も、フランスやイタリアなどで、数々の賞を受賞され
昨年には、フランスから、文化勲章を受けられるまでになられた。
 
 
ヨーロッパの出版社や、日本の出版社までも
わたしのサイトを参照してくださっているとのはなしをきく
を聞いたりすると、うれしさとともに、責任感を感じる。
 
 
海外からメールを、いただくこともある、
たとえば、出版社から「自国で、翻訳したいが、どうしたらいい?」
わからないときは、谷口先生にTELするのであるが、
大抵「出版社に、問い合わせてくれ」と言われる。
 
そこで、その本の出版社のホームページをさがして、
連絡先を、教えるのである
 
 
 
この10年間にもインターネットの環境も変わった。
 
ホームページ・BBSの時代から、ブログの時代になり最近では、ツイッターなるものがでてきた。
追っかけるのが、大変である。
 
わたしのホームページも、「フレーム型」でちょっと古いが、あえて、変更せずこのまま、続けている
 
 
2007年「シートン」がネットで、連載されたのを期に思い切って
谷口先生に会いに上京した
 
谷口先生は暖かく迎えてくだされ、スタッフの方々と共に焼肉をご馳走になった。
 
谷口先生は、静かで暖かな人だった。
 
 
 
サイトを続けるのに、いろいろな人にお世話になりました。
 
感謝を申し上げます。